思い出の色を塗り替えての続き
不機嫌になるのは君のせい
別れを覚悟していたところから一転してプロポーズという事態によくわからないまま感極まって大号泣してしまった。多分嬉しいのもそうだけど蛍に振られなくてよかったという気持ちが大半だったと思う。そんな私を蛍は優しくあやした。落ち着いた後にぽつりぽつりと寂しかったこと、悲しかったことを蛍に伝えた。蛍は私の言葉をゆっくり噛み締めたあとごめんね。と呟いた。
一方で、#dname#も言いたいことがあるなら変に溜め込まないでいって欲しい。無理して言葉を飲み込んでいるのはなんとなく分かってる、言いたいことがあるのに言ってくれないことが気持ち悪いし信頼されてない気持ちになる。そういわれてしまったので私はその言葉に同じくごめんね。と言った。特にそれとなく話そうだなんて言わなかったが、ずっと互いが避けてきた弱音を一つずつ交替で打ち明けた。二人がこれから一緒に生きていくために必要な対話だった。
ひとしきり話し終えてすっきりした翌朝、携帯を見ると夥しい数のメールと通知。昨日ヤケクソで入れたマッチングアプリだった。慌てて消そうとするとアプリだけ消しても意味がないことに気づきアプリを開く。退会のメニューを探していると背後から声が聞こえた。
「プロポーズの翌日に浮気とは大胆だね」
振り返るとさっきまで寝ていた筈の蛍の目がぱっちりと開かれていた。不穏な笑みに慌てて画面を閉じる。
「なんで隠すの?やましいことでもあるの?」
「いや、違う、これは昨日ヤケクソでインストールしただけでまだ誰ともやり取りなんてしてない」
「へえ…ねえちょっと見せてよ」
拒否できる空気でもなく携帯を渡すと蛍が何やら画面を見て渋い顔をする。
「めちゃくちゃいいね来てるよ、見てよホラ」
そう言って差し出された画面には800件近くの表示。嘘でしょ、業者か。
「どうせサクラだとでも思ってるんでしょ、はあ…、ほんと#dname#は自覚ないからタチ悪いよね。大学の頃からそうだけどさ、モテるくせに無防備だから変な奴まで集まってくるんだよ、いい加減自覚してよね。」
急に褒められてるのか悪口なのかわからないことを捲し立てられた。別に蛍と付き合ってる間に告白されたことなんてないし心当たりがなさ過ぎてなんというのが正解かわからず気をつけます。と言ってみたものの絶対わかってないだろ、という表情で睨まれた。
「…まあでももう#dname#は僕のものだけど」
そう言ってニヤニヤしながら蛍は退会ボタンをタップした。インストールした時と同じ画面にアプリが切り替わる。
私の左手にスマートフォンを返却した後、そのまま蛍の白くて細長い指は昨日受け取ったばかりの指輪をなぞった。
「今日から僕の婚約者なんだから自覚持ってよね」
頬にキスが落ちる。昨日の対話のせいかいつも以上に蛍からのスキンシップが激しくてどうしていいかわからずしどろもどろになる。
「僕は反省して君への思いを包み隠さず出すことにしたけど、#dname#は?」
指輪ごと私を愛でるように蛍の指が私の手の甲と指先を往復する。その腕をなぞるように身体を反転させると蛍の顔が目の前に迫った。そのまま彼の唇を啄む。
「私も大好き」
蛍の輪郭をなぞるように右手を首筋から後頭部に這わせる。柔らかな短髪が気持ちいい。唇を放すと蛍の瞳は昨夜と同じように熱を帯びていた。
土曜日の朝、私たちは再び布団に沈んでいった。
(2024.03.04)